ベーチェット病を治療しながら妊娠・出産・離婚も経験し、 育児・仕事もおこなうシングルマザーの奮闘記。 心豊かにベーチェット病と付き合うスローライフをご紹介!

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ベーチェット病と生きるシングルマザーのスローライフ

肉体労働と不規則な生活で異変。ベーチェット病の予兆?

肉体労働と不規則な生活で異変

28歳の時、勤務していた制作会社で、
1人が1度に担当する写真集の数が、両手の指では数えきれなくなっていた。

あまりの多忙さ、体調の悪さもあって、
自分よりもっと体の動く社員を入れてもらいたいと考えて、
ほかにもさまざまな理由はあったけれど、6年勤務した会社を退社しました。

制作会社勤務中に、ロケに同行したことがきっかけで、
現在の師匠にあたる写真家と出会ったんですね。

使い回しのiMacの1番初期バージョンを1台、もう使わなくなった一眼レフを1台。



この2つを師匠から譲り受け、
制作会社勤務中からちょっとずついじり始めて、
自分なりにAdobe Illustratorソフトを使えるようになっていました。

今までは誰かがデザインしたものをサポートしてきたのが、
自分でデザインして発信していくって、
ものすごく世の中に影響を与えている感覚になりましたね。

そうしているうちに、徐々に仕事として請け負うようになっていました。

写真は遊んで使っているうちに楽しくなり、
「お前、うちの助手よりいい写真撮るな」とありがたい言葉をいただいたことがきっかけ。

「やってやんよ! 」と、息巻いてスタートを切りました。

制作会社時代の付き合いそして友人を介して、
退職後にたくさんお仕事をいただくことができるようになりました。

モデル・タレント・住宅広告・映画スチールなど、
種々多様な仕事に恵まれ、20代にしては豊かな生活を送ることができました。

1番面白かったのは、映画スチール。

女性が入っていくような内容のものではなかったけれど、
監督が「カット」と掛け声をかける瞬間、役者さんが崩れないうちに切り取る。

シャッター音や雑音が入らないように、忍者のような気配で仕事していましたね。
あの頃に出演されていた俳優陣の方々も、今や万人が知る方々となりました。

私の人生で、大変貴重な時間を過ごさせてもらいました。

しかし、カメラマンというのは、重たい機材を担ぎながら仕事せねばなりません。

機材の重さ、想像できます?
軽く40kgは超えていたと思います。
大型バッテリー搭載していたため、カメラ本体だけで1.3kg程度あったはずです。
機材は重い!

自分の選んだ道なので、不満はさほどありません。
でも、体調の悪さは続いていました。

気持ちが張っていたせいか、高熱が続くことは少なくなっていましたが、
食生活が悪かったせいで口内炎が頻発していた時期です。

さまざまな仕事をこなしていくうちに、
今のライターの仕事に結びつく週刊誌の仕事を紹介され、
毎週お仕事をするようになっていました。

日曜深夜に依頼が来て、木曜日の校了までキツキツのスケジュール。
全国版の有名週刊誌となると、内容もハードルが高いんですね。

もっと学生時代に勉強すべきだったと痛感しつつ……。
体調と向き合っている間がなくなったのも、週刊誌の多忙さがきっかけです。

3日自宅に帰してもらえず、編集部に缶詰にされることもありました。

不思議と、気を張っていると、風邪などひかないようになるもんですね。
今よりもう少し元気だったかもしれない。

異変を感じ始めたのは、29歳の頃。

モデル撮影の際、モデル事務所の社長をしている友人からダメだしを食らったこと。

「ピントが緩い」

自分では満足な出来だったのですが、
画像をしっかり確認してみるとやはり弱い気がする。

でも、気のせいじゃないかって思う気持ちも半分。

原因がわからないまま、
愛用していたCanonの一眼レフのアイキャップの補正や交換、
時にはカメラのオーバーホールまでお願いすることもありました。
異変を感じ始めたのは、29歳の頃

でもやっぱり写真撮影に対する自信が失われていく感覚を抱いていました。

この頃から、あれ? と思うことが少しずつ増えていった気がします。
単なる思い過ごしじゃないかと……。

過度の肉体労働と不規則な生活が続いたこと、
うまく撮影できていない焦燥感とが重なって、心身ともに疲弊してきました。

そんな時、偶然? にも出会ったのが、現在は離婚していますが、夫でした。

今思えば、ちょっと結婚に逃げてしまったかな……と感じています。
家庭にいて、のんびり過ごすことに慣れてしまって、仕事を辞めてしまいました。

人間は、苦しい時に楽なことを見つけると逃げてしまうんだって、
自分の身を持ってわかりました。

もっと踏ん張って、うまく立ち直れなかったかなって後悔もあります。
あのまま写真の道を歩んでいたら、今はどんなポジションを築けていただろう。

今の夢は、もう一度カメラを持って仕事することです。

写真の仕事をしていた私は、集中力と執着心がかなり高かったと思います。
その分、ピントが合いにくいことに対して、もがき苦しんでいました。

幸い眼病変はまだありません。
しかし、眼科では、視力が若干低下して乱視が強くなったと言われました。
本当にそうなのかな……と疑心暗鬼に。

こうしてパソコンで文字を書いていると、二重三重に字がダブってくるんですよね。

いつか眼病変が訪れる日がやってくるんじゃないか……そう身構えている自分もいます。
そうなれば、カメラで仕事をする夢は潰えます。
視力が若干低下して乱視が強くなった

20代は、私が一番遊んでいた時期でもあり、
忙しいのに朝まで飲む生活を続けていました。

人間って、どっかで羽目外さないとバランスが崩れる!
そう言い聞かせて、自分へのご褒美として散財していました。

脂肪過多な外食、睡眠不足、肉体労働、過度の飲酒、生活リズムの乱れ。
どれも自分の体を顧みない行為ですよね。

現在もそうですが、不規則な生活はどこかに歪みが起こる。
そして、無理をしたツケは、必ず体に現れる。

私の体がいよいよ本格的にベーチェット病に向かい始めるのは、
30歳で結婚した直後からでした。

 

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